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存在の証明

ずっと気になっていたことがある。


自分の存在価値を揺るがす問題。









・・・英語が話せなくなった。


全く話せなくなったわけじゃないけれど、英語を話すのが怖い。能力の低下を実感するのが怖いの。





帰国してから外国人の先生の授業も取ってないし、CIEに友達もいないし、留学中にできた友達とも全然連絡とってないし、

英語を話す機会が全くなくなった。



テレビ番組(ニュースのインタビュー等)だったり、洋画・洋楽だったり、リスニングをする機会はある。授業でも(すごくレベルの低いものだけど)やってるし。


週1の授業で英語を学問として‘じっくり考える’機会もある。





英語が話せなくなるぐらいなんてことないじゃんって他人は思うだろうけど、


私にとっては英語は存在証明であり、


英語の話せない私は私ではないんだよね。



たいした学歴がなくても、長期留学していて普通に話せるということで高学歴の同期たちを前にしても劣等感を感じずにいられた。



上には上がいるし、現役バリバリのときもすごく能力が高かったわけではないけれど、それでも学校も会社も周りの人たちも、ひたむきに頑張り結果を出した私を評価した。



唯一人に一目置かれる能力だったのに。





英語が話せない私は、何でもないの。



何もないの。



それが怖い。





どうにかしなきゃと思いつづけて、もう何ヶ月経っただろう。



相変わらず私は目の前にある課題すら片付けられていない。





・・・リズモアに帰りたいよ。


リハビリをして、自信を回復したい。





以上、日本の忙しい生活から時々逃げ出したくなるまなでした。
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テーマ : ひとりごと - ジャンル : 心と身体

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